亡き義父の教えは人生の金言です。
自分の原動力となる言葉
義父がゴールデンウィーク中に亡くなりました。
年明けから体調を崩しかちになり何回か救急搬送され、入院してから2週間弱で天国に旅立ちました。
享年93歳でした。
自営業をずっと営んでおり、生涯現役を貫き通した人でした。
入院中のベッドの上からも今月のスケジュールの確認等をする姿には感銘すら受けました。
この義父からは自分が結婚する時にある言葉をいただき、それが年々自分の心に深く刺さる様になっていきました。
その言葉こそがこのブログのタイトルです。
何をするにもお金が無いと出来ない
残念ながら資本主義経済を生きている我々は何をするのにもお金がかかります。
衣食住といった基本的な部分は勿論の事、教育、娯楽、通信、移動、保険…
現代社会を生きていく中で我々は様々なモノ、サービスにつきお金を払って手に入れています。
その上でそのお金を手にする為に仕事をしています。
だからこそ、「人生の基本は経済」だというのは年齢を重ねる毎に実感しています。
二宮尊徳の言葉に
「道徳無き経済は罪悪であり、経済無き道徳は戯言である。」
というのがあります。
二宮尊徳と聞くと薪を担ぎながら本を読んでいる銅像から何となく「勤勉さ」を代表する方と思われるかもしれませんがそれは彼の思想のほんの一部でしかありません。
大企業は様々な団体やサービスのスポンサーをしていますが、それも事業でしっかり利益を出しているからこそ可能な事です。
日本では小学校、中学校の9年間が義務教育となり、そこでの費用は給食費等一部を除き基本的に無償になっていますが、学校の運営費、教員の人件費等は公費=税金で賄われています。
という事はどこかで利益を出している納税者、納税会社があり、そこでの経済活動の利益から賄われている訳です。
それ以外にも官公庁、警察、消防…様々な社会インフラは誰かが生み出している経済的利益から成り立っています。
何のためにお金を稼ぐのか
二宮尊徳の言葉の前半部分
「道徳無き経済は罪悪」
という言葉、トレードの世界でもそのまま当てはまります。
いたずらに自分の欲求をコントロール出来ず、資金管理もロスカットも関係なく株をやる方はいつか大きく資金を失います。
結果身近な方にお金を無心したり、自分の家族に我慢を強いたりします。
何のためにお金を稼ぐのかをしっかり決め、株式トレードの可能性とリスクをしっかり吟味し、技術をしっかり身につけて真摯に株と向き合う事、そうすればブレる事はありません。
道徳無きという部分はそれこそ信念無き、とか指針無き、という言葉に言い換えられます。
その上でちゃんとお金を稼ぐことが出来れば自分の周りにいる自分にとって大事な人に良い教育、やりたい事に対してお金を出してやらせたり、自分を育ててくれた両親に例えば食事に連れていったり旅行のプレゼントをしたりすることも出来ます。
それこそが二宮尊徳の言葉の後半部分の
「経済無き道徳は戯言である。」
という言葉に繋がり、ひいては義父からいただいた言葉であり、それが今の僕を支える原動力となっています。
義父は亡くなってもその精神、魂は僕の生き続けます。
謹んでご冥福をお祈りします。
合掌